写真のデータとしては少し古いのですが、今年の七月、α6300にMC-11+SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSMで撮影した写真とともに、徳一上人に縁のある勝常寺を取り上げてみたいと思います。
歴春ふくしま文庫52巻『徳一菩薩 ―ひと おしえ がくもん―』では、第六章「信仰の遺産」の冒頭文で「文化徳一中央本寺」と、また「極上の会津」のサイトでも、「会津中央薬師堂とも称される徳一菩薩創建の名刹」と紹介されている寺なのですが、自分が訪ねたときには拝観もかなわず、「1200年の歴史と東北を代表する国宝及び国重要文化財12躯」が保存されているであろう宝物殿にはしっかりと鍵が閉ざされ、人の気配はまったくなし。ちょっと哀しい見仏記と相成りました(苦笑)。
勝常寺に車を停める場所はないものの、このすぐ近くに湯川村の駐車場があり、寺の入口にもそこに停めるようにとの看板が立てられていました。
十時ころに訪れたにもかかわらず周囲に人の気配はありません。寺自体もそれほどの大きさはなく、ひっそりと静まりかえっていました。宝物殿は年季の入った仁王門を入って右側にあるのですが、そもそもこの仁王門には「本日都合により拝観休みます」という紙が貼られてい、またその紙が昨日今日に貼り付けたものではなく、それなりの古さを感じさせる、――ということは、もうずっと前から無人ということなのか……。
「勝常寺の概観」の説明によれば、
勝常寺は大同二年(八〇七)、あるいは弘仁元年(八一〇)南都六宗の一つである法相宗を学んだ徳一上人の開基と伝えられている。
創建当時の建物は現存していない。
薬師堂は、会津中央薬師堂と呼ばれ、応永五年(一三九八)の再建で和様、唐様式の手法を加えた堂である。これ以外の建物は近世以降のものである。
仏像は、創建当時の仏像十二躯など三十余躯あり、平安初期の仏像が一寺院に十二躯も保存されているのは珍しいことである。
とあるので、薬師堂も含めて往事のものではない様子。とはいえ、やはり中の薬師像はちょっと見てみたかったものの、上にも述べた通りそれも叶わず。「極上の会津」には「美しい桜も見ごろです」とあるので、もしかしたら春、桜の時期であれば、拝観可能なのかもしれません。
薬師堂の建物はかなりの横幅で、写真の通り、両側に桜の樹が植え並べてあるため、建物全体を一枚の写真におさめるには、相当に近づいてかなりの広角レンズで撮影しないと難しいことが判りました(爆)。再訪する機会があれば、このあたりの準備をしっかりとして建物の全容を写真におさめて持ち帰りたいと思います。